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執筆者の写真Shunya.Asami

【Education 2011】「影で描こう私の世界」―コピアートペーパーを用いた写真表現の授業実践(中学校題材)「教育美術掲載」

美術教育の雑誌「教育美術2011.3月号」にコピアートペーパーを用いた実践を掲載させていただきました。


財団法人教育美術振興会HP http://park12.wakwak.com/~kyo-bi/kbcont1103.htm

私のコピアートペーパーを用いた活動は、自身の作品制作から始まり、ワークショップへ展開し、美術科の一授業という形に変化をしてきました。今後さらにこの活動が発展するように相互の視点から追及していきたいと原稿を書きながら改めて実感しました。

貴重な機会をいただいた「教育美術」の担当者様、また原稿を読みご意見をいただけた方に厚く御礼申し上げます。

-------以下は掲載記事-------

1:はじめに

今日、デジタルカメラやカメラ付携帯電話などの普及により、飛躍的に写真を用いた表現が多様化している。国際的に活躍する日本人の写真家も多く現れ、写真表現の展覧会が数多く開かれるなど、写真は現代アートの分野でもその存在感を拡大している。誰もが気軽に写真を撮れる環境の中、学校現場でも写真を題材にした授業実践が多く行われている。

平成24年度から全面実施される中学校学習指導要領の「第2章・第6節・美術 第3:指導計画の作成と内容の取扱い」では、「美術の表現の可能性を広げるために、写真・ビデオ・コンピューター等の映像メディアの積極的な活用を図るようにすること。」と記述されている。新学習指導要領の下、多くの現場で写真を題材にした授業実践が行われる中、機材や設備の問題から写真を題材にした授業が出来ないといった声も少なくない。 私が今回提案させていただく「コピアートペーパー」を用いた授業実践は、「学校現場で出来る充実した写真表現の授業をつくりたい」といった思いから生まれたものである。本題材は、特別な機材も材料も、暗室などの特別な設備、カメラさえも必要としないアナログ写真表現の授業実践である。



2:「コピアートペーパー」とは何か?

 コピアートペーパー(以下コピアート)とは、富士フィルム(株)が販売する感光紙である。(2014年3月に販売を終了)

主な用途は建築図面のトレースであるが、以下に挙げる5つの特性によりコピアートを「写真フィルム」として用いることで学校現場において魅力的な写真表現の授業が展開できる。



写真1:コピアートの製品写真


●特性1:感度が低い コピアートは一般的なフィルムや印画紙などに比べて感度が低い。その為、暗室など特別な設備や環境を必要とせず、写真制作が可能である。さらに、この特性を活かして、手軽に野外に持ち出すことができる。

●特性2:露光時間が目で見え調整できる。 特性1で挙げた感度が低い為、露光の様子が目で確認できるのも、このコピアートの特性。この特性を活かすと紙の表面の色の変化の様子で露光時間がコントロールできる。露光前、コピアートの表面は黄色をしているが、露光した場所は徐々に白色に変化する。それによって得られる像の色合いが変化する。露光時間の目安はだいたい以下のとおりである。 ・晴れた野外:約10~30秒(夏場の直射日光では2~3秒) ・曇りの野外:約5分~10分(日向、日陰など場の光の強さによって変わる) ・明るい室内:約5分~10分(室内の光の強さによって変わる)



写真2:コピアートの表面は黄色。コピアートの上に直接素材を置く。


写真3:露光後は光が当たった場所は白色になり露光していない場所は黄色のまま。


 ●特性3:現像に薬品は不要。アイロンの熱で行う 現像は、アイロンの熱で行うため、一般的に写真現像で用いられる薬品は一切必要がない。 

 ●特性4:現像に暗室は不要。普段の教室で行う。  現像は、蛍光灯下の普段の教室で可能であり暗室などの特別な環境を必要としない。(しかし、蛍光灯下でも露光は進むので遮光の工夫は必要)さらに、野外でも日陰であれば可能。

 ●特性5:安価である。 コピアートは、一般的な写真印画紙と比べると非常に安価である。(A4サイズ250枚入りで2500円程度、H20に価格改定)その為、失敗を恐れずに何度も制作が可能であるという、最高のアドバンテージを得る。露光時間や構図の決定の際、失敗を数多く経験出来るので、試行錯誤できる環境をつくることができる。

3:授業の実際

(1):生徒の実態 現在の勤務校に移り、中学校3年生に美術科の意識調査の為、アンケートを行ったところ、美術は好き、嫌いの割合がおよそ「好き:嫌い=6:4」であった。好きと回答した生徒は「作品をつくることがおもしろい」「自分のアイデアが形になると嬉しい」「いろいろな工夫をするから好き」といった順で回答が多く、また嫌いと回答した生徒は「絵を描くことが苦手だから」、「アイデアが出ないから」、「うまく形にできないから」といった順で回答が多かった。さらに「美術をどうして学んでいると思う?」といった問いには、「美術を学ぶ意味は分からない。特に役に立たないと思う。将来美術系の職業につく人だけがやっていればいい」という類の回答が最も多かった。美術は好きであるが、自分の将来や生活にあまり役に立たないと考えている生徒が多いことが分かる。 こうした環境の中、美術は自分たちの身の回りに数多く存在していること。日常に働きかけアイデアを探していく写真という題材によって、生活そのものが素材になり、自らが主体的になること。美術を学ぶことで、自分につく力を実感できる授業が求められていると筆者は考える。

(2):題材観  生徒の実態を受け、今回の題材では、生徒に「日常生活にある身近なものが作品の素材となり、それらを写真に撮ることで自己表現ができること」を第一に実感してほしいと考えた。ある特定の人にだけしかできない美術ではなく、日常生活を主体的にみる目をもつことでアイデアを発見し、誰もが自分らしい作品を制作できることを伝えたい。写真という題材はそれを実感するのに適していると私は考える。題材を通して生徒の育てたい力は以下のとおりである。

●関心・意欲・態度 ・身近にあるものの素材の形の面白さや、美しさに気づき、主体的に自分の表現したいものを見つけだす。 ・表現活動を通して、生活の中にある素材の形を意識し、制作に活かそうとする。

●発想・構想の能力 ・素材の形を、意図的、効果的に組み合わせ、計画性を持って表現することができる能力。 ・コピアートペーパーの特性を活かした表現を工夫し自分の表わしたいものを表わす事が出来る能力。

●創造的な技能・表現 ・コピアートの特性を理解し、作品制作をすることが出来る能力。 ・自分が日常生活から持ってきた素材の形を組み合わせ、加工したり構成したりする試行錯誤の作業を繰り返す中で、自分が表現したい世界を考える能力。

●鑑賞の能力 ・自分の作品の工夫したところや制作時の思いを発表し、友人の作品の表現、アイデア、工夫点、表現の工夫に気づくことのできる能力。

(3)授業展開

先に挙げた育てたい力を具現化するために、総授業時間数は次の7時間に設定した。 1時間目:導入、コピアート・フォトグラムについて説明、制作方法のガイダンス 2時間目:コピアートに慣れよう!①『影撮kagetori』 3時間目:コピアートに慣れよう!②『風撮kazetori』 4時間目:「影で描こう私の世界」制作1 5時間目:「影で描こう私の世界」制作2 6時間目:「影で描こう私の世界」制作3 7時間目:作品鑑賞会

●1時間目:導入(影あてゲーム) 最初の導入では、「今回は写真の授業だけれどカメラは使いません」と生徒に告げた。生徒は「それじゃあ写真撮れないじゃないか」と意見。その意見を受けて、感光紙の上に直接撮影したいものを乗せてその影を撮影する写真技法「フォトグラム」がある事を説明した。マンレイの作品を見せた後、特殊な紙(コピアート)を用いて「フォトグラム」を制作していくと伝えた。 はじめに、OHPを使い、ものの影の形を当てるゲームなどをした。見る角度や光の当て方で一つの材料にもいろいろな影の形がある。例えばペットボトル。横に寝かせて置くとペットボトルだと分かるが、立てて置いてみると見慣れない不思議な影が現れる。さらに、プラスチックやガラスといった透明な素材や光を反射する金属、水などの不定形なものが持つ素材ならではの質感などにも気がつく。このことに気がつくと、生徒は身の周りにある様々なものを多角的な視点からみるようになる。「一つの素材でも横に置くか縦に置くかで違う影になる」「透明な素材と不透明な素材の影の組み合わせを使いたい」「光の位置によって影の形を変えられる」といった生徒の言葉があった。授業の最後に、次の時間までに影の面白そうな素材を集めて置くことを宿題とした。



写真4:ペットボトルの底の影をOHPで投影。


●2時間目:コピアートに慣れよう!①『影撮kagetori』  1時間目の宿題で集めて来た素材を用いて、コピアートに慣れること、形の組み合わせを工夫する事が本時の目的である。『影撮』とはコピアートの上に集めた素材を組み合わせ、画面を構成する作品制作のことを指す。今回はA4~A3のコピアートを準備した。厚紙を二つ折りしたものでコピアートを挟み遮光する。構成が決定した生徒から撮影に入る。生徒たちは、露光によって黄色から白色に色が変化する事、露光時間が短く何も像が現われなかったり、逆に長く現像して真っ白になってしまったりしながら、廊下側と窓側では露光時間に差があることを何度も失敗を繰り返しながら実感していた。



写真5:集めて来た材料を並べて露光する。



写真6:空き瓶とサランラップ、水で制作した作品



●3時間目:コピアートに慣れよう!②『風撮kazetori』 2時間目では、教室内で撮影を行った。コピアートはその感度の低さから野外に持ち出すこともでき、野外にある影も撮影できることを体感するのが本時の目的である。『風撮』とは、コピアートを野外に持ち出し、普段気がつかないものの形を撮影する作品制作のことを指す。生徒たちは、教室内と異なり野外は露光時間が短いこと、遮光をしっかりすることなどを注意して制作をした。厚紙を持って野外を歩くと実に様々な影が存在していることに気がつく。校庭の木の下の木漏れ日、自転車置き場の影、サッカーゴールのネットの影など普段気にも止めない面白い形がそこには沢山ある。それらの影は風や時間と共に刻々と変化する。露光時間に注意しながら生徒は思い思いの影を採取していた。



写真7:桜の枝先を撮影



写真8:自転車置き場にある影



●4時間目~6時間目:「影で描こう私の世界」  2時間目・3時間目を受け、理解したコピアートの特性を作品制作に生かし、「私の世界」を表現することが本時の目的である。日常生活から集めて来た素材を活かして作品制作をする生徒、野外で自分のテーマを見つけて撮影をする生徒など各々制作を始めた。 組写真のようにして何枚かで一つの作品を展開させる生徒や一枚の作品をとことんつくり込む生徒など、その作品制作の方法やプロセスも異なる事が面白い。1時間が終わる前の5分には自由に友人の作品を見て回る時間を設定した。これにより沢山のアイデアを共有し、自分の作品制作に生かすことが出来た。



写真9:生徒の作品を床に並べ一時間の成果を共有する。



写真10:「次の時間のアイデアが生まれた!」と生徒



7時間目:作品鑑賞会  授業の最後の締めくくりとして「私の世界展」と題し作品鑑賞会を行った。1人1分という時間を与え、その時間の中で自分の作品をプレゼンテーションする方式をとった。発表には、「材料を集める時に家族が協力してくれ制作が出来たエピソード」や「野外の制作時に風で作品が飛んで行ってしまった事」など作品が出来るまでの過程を発表した生徒。友人と協力をして身体を使ってパフォーマンスをしながら発表した生徒など様々な発表方法があった。また県内の美術系高校の作品展にも作品を出品し、その高校生から自分の作品に意見をもらい再度作品を見ることが出来た。生徒は「高校生が自分の作品をみてコメントをくれたことが嬉しい、自分でも気がつかなかった作品の見方を教えてくれた」と嬉しそうに話してくれた表情が印象的だった。


写真11:高校の文化祭で高校生のコメント付きで作品が展示された。



作品名「校庭に流れる時間」

高校生からのメッセージ 「校庭の木々でしょうか?いろいろな植物の影が写っています。 作者は、作品の枚数を組み合わせることで校庭に流れる時間を表したのだと思います。様々なブルーの色彩から、さわやかな季節を感じられる作品です。」


4:まとめ  今日、中学校美術の総時間数は3年間で約4日間(115時数)と決して十分な時間ではない中、生徒にとって充実した学びのある授業を考えることは改めて重要なことである。さらに冒頭にも述べたが、学校現場にはデジタルカメラ、パソコン、プリンタといった機材の数も十分ではなく、写真の授業を展開しようと考えた時、授業を考える以前の学習環境を整える際の問題が多く存在する。以上に示したような状況を踏まえ、コピアートを用いた授業展開はいくつかの問題をクリアし、かつ生徒に豊かな造形活動の場を設定する事が出来ると筆者は考えている。写真は生徒に身近なメディアであり、普段から慣れ親しんでいる為、授業での制作の際の抵抗感も少ない。今後、さらに充実した授業展開を模索したい。



武蔵野美術大学:大坪圭輔先生からの評




2008年の大学美術教育学会での発表から3年かけてこのカリキュラムとして形作ることができました。ご支援いただきました先生方、何より授業にいつも積極的な生徒の皆様に改めて深く、御礼申し上げます。



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