アートは、「コンセプト」を「身体」にする。
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(2019 8/6 8:15の撮影の様子 photo:Osaki Yuko)
「概念」が溢れている。それにリアリティを持つことが困難になっている。それに強く危機感を持った経験が東日本大震災だった。日々の生活に欠かせないライフラインがどこで生まれているのかも知らないまま生活をしていたことに大きな衝撃を受けた。日々、大切なものの根っこを知らないまま或いは疑問にも湧かないまま、追求の糸口が見えない「概念」はどれだけあるだろうか。それを考えた時、とても恐ろしくなった。同時に原子力について大きな関心が生まれた。そして、まだ行ったことのない広島へ行った。
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(爆心地から最も近い370mで被爆したシダレヤナギ:2012年撮影)
広島で、ある観光案内所にふと立ち寄った時、「被爆木マップ」というパンフレットと出会った。そこで初めて、被爆樹木の存在を知った。被爆樹木は、1945年8月6日の原爆の爆風によって焼かれ、吹き飛ばされたが、再び芽吹き大きく成長した樹木を指す。広島市によると2019年現在、爆心地から約2km圏内に約160本の被爆樹木が存在する。当時の人達は、逞しく生きるこの木をみて、生きる力を湧かせていたらしい。私はすぐに、一番近くの被爆樹木を訪ねる事にした。爆心地から最も近い370mで被爆したシダレヤナギの木。土手沿いにひっそりと佇み、風に葉を揺らしている。幹に触れる事ができる。「一緒に同じ時間を生きている。」と感じ感謝の気持ちが溢れてきた。
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(感光紙に影を直接焼き付けるフォトグラムの技法で撮影する)
フォトグラムの技法で被爆樹木を撮影しようと思ったのは、今生きている被爆樹木の「時間」をダイレクトに写し撮りたいと考えたため。 被爆樹木の影を、直接感光紙に焼き付けることで1945年8月6日から現在までの生きてきた「時間」を掬いとれるのではないかと考えた。撮影は、じっと陽光が出るのを待ち、枝葉の下に感光紙を直接差し込み、 数十秒カウント(露光) する。 撮影には、カメラは用いない。 じっと感光紙の表面を見て露光時間を調節する。 撮影中、枝葉は風に揺れ、 木々が自ら動いている様に感じられる。それはまるで生きて動き回る生き物をつかまえる作業のようだ。 天候などの自然状況に合わせて様々な調整をする。
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(制作の様子:2019年6月)
私は撮影を続けながら被爆樹木に対して、 原爆ドームとは異なる「時間」を感じていた。原爆によって、あの日に止まった「時間」と、日々生長し、 変化する 被爆樹木の「時間」。 後者の 「時間」を生きている影=『呼吸する影』として、撮り続けていこうと決め、2019年で8年目を迎えた。
この作品の展覧会を各地で開催したり、原爆の日に広島に身を置くと、広島について様々な考えと触れることができる。また広島の人たちと出会い、被爆者の方にもお話を伺う機会を得ることもできた。恥ずかしいことに教科書的な知識や実感しか持っていなかった私は、このような経験をすることで概念でしかなかった広島が自分自身の身体的なものになっているように感じた。それは、今年も枝葉を伸ばし続け変化するシダレヤナギを見て強く実感する。
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(2019 8/6 8:15の撮影の様子 photo:Osaki Yuko)
毎年、「8/6 8:15」のその時間に1枚の作品を撮影する。 黙祷をしながらその時間、シダレヤナギの下で命の時間を焼き付ける。今年は一番先端の若枝を撮影することにした。しかし、台風の影響で小雨がぱらつく天気の下、撮影には難しい状況だった。そこで防水対策をし、露光時間を長めにとった。写った像は、薄曇りの中、ゆっくりと動き出しそうなイメージの若木だった。それを見て、今年もお互い生きていてこの日が迎えられる喜びを噛み締める。
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(2019 8/6 8:15の公開制作・ワークショップの記念に撮影)
アートは、「コンセプト」を「身体」にする。 つまりそれはわかっているようでわかっていない肉体のない概念を、自分自身の血肉とし、再びリアリティを感じるような営み。知らないうちに誰かに預けてしまった「身体」をもう一度感じる事、その「身体」で捉え直す日常をこれからも味わいたいと思う。
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(左より、『8:15 8/6 2014』・『8:15 8/6 2015』・『8:15 8/6 2016』・『8:15 8/6 2017』・『8:15 8/6 2018』・『8:15 8/6 2019』 )
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(はつかいち美術ギャラリー企画展「被爆樹木-もの言わぬ物たちの記憶-」展の展示風景)
今年も、大切な人たちと共に充実した時間を過ごせたことに深く感謝。
企画にご参加・ご支援下さいました皆さま、本当にありがとうございました。
また来年お会いしましょう。
展覧会詳細:
http://www.hatsukaichi-csa.net/gallery/
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